宗教的犯罪行為と強制的趣味趣向の方向転換に関して


私は 青森県生まれの、ごく普通の当たり前の仏教徒で、それこそカソリック、キリスト教徒、公正会、創価学会など、カルト的宗教に一切関わっていない人物として、誰もかれもに述べて表明をしておきたいと思う。

いまだにしつこいほどの、宗教的、人為的ラップ現象を部屋中の機械を動かすことで、彼らは強制的に誰かを思い出すように指示してくる。そして、そういった行為は、機械にIPアドレスをふり、電圧を高くしたり低くしたりすれば、簡単にできることも私自身把握し、調べて長い。

ときに、屋外においても、車のナンバープレートを使ってのガスライティングや、タバコの銘柄、そして手袋、お盆、部屋の中の物の位置変え、いたずら電話、本やコミックの並び替え、番号や数字での仄めかし、偶然を一切無視した強制的サイン、電話をその時間を狙ってかけては思い出させるというマインドコントロール的ないやがらせを行い続けて長い。

ほとんどの集団ストークのターゲットは、こういったものごとに、死ぬまで格闘する人生を歩むことになる。span>私も以前から、そういった宗教的会社やメディア、団体、研究所や、組織に狙われていたとわかったときには、だいぶ落ち込んだが、落ち込んでいる暇がないほどに、周囲が忙しくなったため、できる範囲の方法で、警察や多くの人に話を聞いてもらい、こういったパラサイト的犯罪があるということを、そして、集団的な組織的な犯罪が日本で当たり前に行われていることを世間に知ってもらうための活動続けた。

しかし、どの業界にも、宗教的な患者は、潜んでいるため、いや、社会全体がそうやって少数の被害者を媒体にしながら、お金儲けを繰り返しているために、なかなか解決の糸口はみつからなかったといってもいいのかもしれない。

「個人情報保護法」も、「基本的人権」も、「職業の選択の自由」も、「関わる人種を選べる権利」も、当たり前に法律で認められているここ日本で、私にまとわりつく、この「虐待好き」とも言うべき、宗教的患者の多さはどういうわけだろう? そして、全てを奪い尽くす彼らメディア関係者たちは、奪いつくすごとに、幸せそうな顔をしては楽しみ続けるのはどういったわけだろう?
私の中に、彼らへの信頼は消えて長い。まるで、狂った集団テレビや雑誌、ラジオや普通の企業内でみつめ続けて長い、そんな感覚だ。

こういった奴隷的人間を使ったゲームとも言えるべき虐待を、日本の社会で、私たち純粋系の日本人が、それとは全く「異なる人種や多宗教の彼ら」に、にことごとく、おもしろおかしく人生をもてあそばれることがあっていいいのか?
彼らは物理的に、部屋への侵入もいとわないほどの、組織的ないやがらせをする集団ではあるが、
間接的な盗聴と監視は、確かに常に行い、ときに、街中に流れるラジオやテレビ、雑誌に集団ストーカーたちならではの技、「仄めかし(ガスライティング)」を使って、精神的な圧力ともいえるべき攻撃をしてくる。

ちなみに最近は、1983年のsting「みつめていたい(I am watching you)」
とりかたによっては、いつも、盗聴と盗撮とつきまといと、そういったものは続ける、そう言われているように思える。
嫌な思いをいだけば、その芸能人自体がますます嫌いになるが、それが彼らに何か鋭意供するか?
あまり、それ自体に意味はないのだろうと思える。なぜなら、その業界自体が心底嫌いなのだから。



私には、メディア関連の、芸能人の友人も、著名人の友人もいない。また、そういった人と仕事もしたこともなければ、飲みにいったこともない。もちろん、彼らは私を「知らないはず」、だ。
そして、行きたいとも関わりたいとも一切思わない。彼らのような人間は、私の人生計画にとっては、憧れにも、目指すべき人物にも全く重なることのない、当てはまらない人間だからかもしれない。うらやましさなど、全く持って産まれてこないような業種の人間だらけだ。


そして、私のほうも、彼らのことを知らない、もちろん友人でもなければ、知り合いでもない。そして、上司でも同僚でも、彼氏でもなければ、家族でもない。
私自身が、あまりそういった類の職種の人と、関わりたくない、「芸能人お断り、著名人お断り派」だからかもしれない。ああいった類の人物は、関わるといいことは全くない。遠くで接触しない位置で見るのが一番、誰もが幸せに生活できるだろうと、実感を持って、話ができる。
そして、個人的に、メッキだらけであろう人間性が追いつかないだろうという予測が、余裕でできてしまうからだろうと思う(笑)。

本当にきれいなもの好きな私の趣味に合わないとも言える。
いや、この数年で彼らに、人としての当たり前のルールは無いにも等しいことは、よくわかっている。



ここ最近は、宗教的な祭日や、8月9日(マリアの誕生日)、12月24日や12月25日。
いかにも、宗教っぽいカルトのような集団とは簡単に推測できる。
5月9日(そんごくうといいたいのだろう)、祖父母や死んだ父のの誕生日、その他2月14日。そのほかにもものすごいほどの人物を指図してくる。戦争が終わった8月15日というのも本当にしつこく、靖国靖国とうるさいところから、国粋右翼関係の宗教的嫌がらせとも考えている。



いまだに、つきまとって、あらゆる支持をだしてきてはうるさいハエのようにたかり、漁り、横取り、でかい葉っぱをのっけては「猫ばば」を繰り返し、「容姿」や「外見」しかない彼らの「猫っかわいがり」したくてたまらない「誰か」のために「中身」や「頭」を奪いとるためだけに付きまとわれて長いというべきか。

「身代り」にされて、「成り済まされて長い」というべきか。「すり替えられて長い」というべきか。「swichi」され続けて、罪を「なすり」つけられて長いというべきか? 彼らの「ひいき」して、「愛でたい」、「優先したい」誰かより優れて困るから、常に「handyハンデ」を与え続けなければいけないというべきか?そのために何度となく、狙い続けてトラブルや盗難に合わせては遊ばれて長いというべきか。


こういった話は、その「吉」「由(よし)」「裕」「友」「右(ゆう)」「熊(ゆう)」「ゆう」「よし」「かず」「葉子(ようこ)」「幸(ゆき)」「和」「八」「Ⅹ(10)」「ゆき」「ようこ」「ゆうみ」「ゆうき」「ゆうこ」「U」「YOUKO」「YOU」「Ⅹ(10)」「12」「5」関係の人間が決まって私の前に現れて、彼らといるととことんまで仕事がつぶされるということに、数え切れないくらい遭遇している人生だから、かもしれない。

日本から、出さないための、あらゆる被害を私の周りに起こしては妨害を続けて長いというべきか。
本来、外国に移住を計画して、私なりの仕事のプランと、人生設計を考えていたというのに、全く見知らぬ彼らのような日本人に、何年も何年も被害に合い続けるとは思わなかったのだが。彼らの頭の中には、被害に合わせるごとに、ますます、海外に自力で就職し、ゆくゆくは自分で永住ビザをとることが困難になるとは予想できなかったのだろうか?

いつまでも24時間監視をし続けて、彼らのネタのための媒体や、強制的奴隷として扱い、一切の自由を奪い続けながら、その媒体とターゲットにした被害者からアイディアを盗み続ける本格的な加害者集団につけ狙われて6年以上が経過しているというべきか。
そしてここ、先進国日本という場所で、基本的人権が尊重されることなど一つもなく、
私や被害者、媒体としたターゲットの人間をいつまでも、動物的扱いをし続け、人間を買い続けるようにして、一切の自由な空間を与えず、いつまでも監視され続けるという「虐待」をされて長いというべきか。

ああ、そんなことは知っていても彼らの都合を押し付け続ける人間だ。それが、宗教で権力者というものだ。そして相手の都合に合わせることのない、自分の利益や願望しか考えられない人間のすることだ。期待しても無理な話なのはこの数年で十分に理解している。それが、やはり、宗教患者の集団というものだ。相手の願望を優先するというより、自己中心でなりたっているからこその成功と金と名誉と、権威とも言えるのだろうし。相手の都合や条件や好み、時期などはお構いなしに破壊してくる。それが自己中心的宗教と歪んだ「邪教」ともいうべきものではなかったかな?そういった行為をここ日本で、私を執拗に狙い続け、社会的宗教的虐待をし続けては楽しんでいたようだ。それが、創価学会(池田大作(1月2日生まれ))であり、キリスト教(マリア(9月8日、キリスト(12月25日)であり、ユダヤ宗教患者、その他、公正会であり、それが東方(ロシア正教)、聖公会などの、私と一切関連のないところからのとばっちりであったことには間違いないのだろうと思う。そして、中国が絡み、それに関する人間を押し付けられて長い。


また、誰か可愛そうな歴史的被害者、ユダヤ人や、中国人、インディアンや、アイヌ、中国人か、アメリカ系ユダヤ人の爆弾で犠牲になった日本人や、パールハーバーで無くなった戦争犠牲者の一般人のような思いを何度も短期で繰り返させるのだろうか?
ある意味、こんなことは全て、強制的にされたような気がするでもないが。



そして、日本での集団ストーカーの被害者として、長らくのその犯罪に合い続けた出来事を、
これからもつづっていきたいと思う。

集団ストークに気がついて、私は彼らのあらゆる脅しと、あらゆるパワーハラスメント、そして日本映画や洋画、音楽の歌詞、集英社(吉田)のコミック、「花より団子(神尾葉子)、BASARA(田村由美、尾田栄一郎、鳥山明などなどその他漫画家)からのストーリーなどを使っての数々の嫌がらせと生活自体の破壊や妨害。本来目指したいべきもの全てを奪って、大切な時間を、その彼らの嫌がらせと、人をおもちゃのようにもてあそぶ集団によって、完全に破壊されてしまってから長い年月を過ごしている。
それによって当たり前の仕事や生活をつぶされ、もてあそばれきた長い年月を記述していきたいと思う。


また、この集団ストークとパラサイト商法がある程度解決したならば、日本をでて、日本語教師とビジネスに改めて復帰したいと考えている。もちろん、ここ日本で家庭を作るつもりはない。将来的に結婚はしないし、家庭をもつことも一切ないだろうと思っている。
しかし、人間一人ひとりの「基本的人権問題」には、これからも一生関わることになるだろうと思う。
私は、そういった宗教的パラサイト商法、集団的ストーカーの被害者だ。それは、認識している。

もしかしたらば、そういった形で商業を形造っているメディア全体が、私の敵になるかもしれないと予想している。なぜならば、彼らはそうやって製品を作り、販売し、物語をつくり、映画を作り、ドラマを作り、アニメーションを作り、コミックや小説を作って、今までターゲットにした少数の被害者の家庭の人生や全てを奪いながらとことんまで、もてあそんできたのだから。


そして、産まれたときから、一家全体が、メディアに嫌がらせ的なな媒体としての立場を強要され、それに合わせた作品を次々と作られ続け、その挙句に彼らの関係性を維持させるために、仕事をつぶされ続けたその長きにわたる事実を、鮮明につづっていきたいと思う。

彼らにとって、可愛がりたいほかの娘たちのために、私は何度も命を狙われ続け、あらゆる社会的、メディアのおもちゃのようにして、ここ日本で人生をもてあそばれたその社会と、権力者、宗教患者たちからの嫌がらせと、パラサイト商法での犠牲者として、事実を、時間をかけて書いていきたいと思っている。
まずは近年のここ数年の、本格的な集団ストークが激しくなってからの被害を。


板橋に一人住んでいた頃、その異変に気が付き、部屋の中から何から何まで、
部屋の中が変わっていたことに気がつく毎日だった。

そして、電源をいれていない、インターネットに接続していない状態でも、
何かしら私のプライベートの内容を盗んで見ている人間が、いるような気がした。

その後気がついたのが、盗聴されている感覚だ。
毎度、仲の良い友人としか会話していない私が、毎日盗聴されては、
テレビに出る芸能人に、笑いのネタにされているような気がしたのだ。
そして、きみの悪い状態が長らく続き、インターネットで原因を探っているうちに、
集中攻撃を受け、物理的な攻撃を受け始めた。

集中的に攻撃をされたのは、白い虎を飾る「ゆうこ」という親戚の、自衛隊勤務の従兄弟が東京にでてきてから。そして、12月生まれのもう一人の従兄弟が和光大学に入学してから、まもなくだ。
そして、青森にいる兄夫婦が、青森市へ引っ越しをしてすぐの出来事だった。

私は、そのころ、集団ストーカーによる、痛烈な被害を受け続け、仕事をしているのにも関わらず、
毎日が、集団ストーカーの嫌がらせとの格闘の毎日だった。
周りでは奇妙な出来事ばかりが起こり、確実に、その嫌がらせは続いた。

また、青森に暮らす「吉田」という友人が、「帰ってこれば?」という言葉に、彼らはすぐさま反応した具合に、私は集団的なストークの攻撃を受け続けた。

前のブログで、9月8日生まれの吉行和子の名前とアイデンティティを使っての、私への嫌がらせは激しく、彼らは、それこそ聖母マリアと12月生まれのキリストをこよなく愛する集団であることはまちがいないだろう。

この女優彼女自身が、私に何をしているわけでもないが、
わたしが、決まって、「吉」「裕」「友」「郵」「雪」「幾」「幸」「ゆき」「数」「和」「子」関連の



確かに、板橋から確実に始まった、あらゆるところからの潰し会いと見せしめ的行為、パワーハラスメントと、人権侵害的な、パラサイト商法と、それ以前から始まっている宗教関係者による嫌がらせは、もしかしたら私の人生を大きく変えることになったのかもしれない。
どうしても、私に、「基本的人権問題」に関わった仕事をしていってほしい人間の
執拗なまでの嫌がらせと、陰湿な陥れ、宗教的犯罪の多発、
そういったものをことごとく私に起こすことで、
そういった方面の仕事に関わってほしい人たちの犯罪と仄めかしなのかもと
最近は思える。


確かにやりたい仕事や興味のあった仕事は全く違った。
が、この犯罪に囲まれて長い年月を過ごしてから、
今までの過去は一切捨てるべきなのかもしれないと思える。

板橋で本格的に始まる彼らの執拗なまでの、想像を超える、盗聴、盗撮、侵入、映画を使った嫌がらせ、そしてそれをお金に変え続ける企業、監視をし続ける近所の関係者、警察に行く毎日、
突然の楽しい一人暮らしが一瞬にして、そういった彼らに奪われて。6年前の話しだ。
もうそんなになったのか、とも思える。そして、いまだに彼らの異常さは続くのかと、途方もない犯罪に巻き込まれて長いのだと自分自身で納得している昨今だ。


今も本当に悔しくてたまらない毎日だ。そして執拗にいまだ付きまとう。
私の人生は、確かに彼ら犯罪者集団によっていまだ奪われ続けている。
28歳だった私も、集団ストーカーとの戦いで、今はもうすぐ35になる。
時折、考える父親との約束も果たせないまま、集団ストーカーと闘うのみで、
大事な28歳からの6年を終えることになるとは、あのとき予想できただろうか。

しつこいな、独身女性に目をつけて、ストーカーになる男に、いっさい興味はないわ。
宗教関係者、いいかげんにやめろ。

158は、十五夜とでもいいたいのか? 嫌いなんだよ、15 が。 8が。


人権関係の問題の仕事をこれからやっていくと途方もない話しかもしれない。
が、それも仕方のないことなのかもしれない。私は確かに、そういったものの被害者なのだから。
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日本語教師の仕事やビジネスは、その後にでも解決してから、年をとってからでも
できるような気もする。今は、まずそれに専念するべきなのかもしれない。
その集団的ストーカーと犯罪によって、ここ日本で全てを奪われてしまい、興味のあるものごとと全然ちがった人生になってしまったため、すごい残念だが、今はあきらめたほうがよさそうだ。


私にとっての本格的な集団ストークの本拠地、日本で戦い続けるべきか、今も悩んでいる。
その代り、恋愛したおくなったときは、外国に行こうと考えている。



本当に私の周りは、異常犯罪者の組織とそういった宗教的儀式もこみでのもうすでに狂ってしまっている殺人的なことまでも行う犯罪者集団には間違いないのだと、今も確信している。



特に、この数年の日本での、さまざまな体験で、思う。

私は、もう、創価学会とクリスチャン、仏教徒と神道関係者には一切かかわらないことを、ここに誓う。


日本の法律や、そういった概念も無視して、私たち関係ない人間を、彼らの尺度で、
さんざん嫌がらせを行ってきては、パラサイトしてくる。
彼らこそ、邪教の塊であり、異常精神での世の中から消滅するべきカルト集団だと、
心から思う。本当に思う。

ほかにもいるたくさんの宗教による、メディアによる被害者、私とともに頑張ってほしいかと思う。

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  by now_on_day_060827 | 2011-01-28 21:43 | tsubuyakido

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